2017年12月22日

第171回「ともに瞑想を」―磁場と反転 その人 田池留吉 part3-



実験その1から実験その5まで、五つの事例を挙げましたが、どうでしたでしょうか。ぜひ、ご自身で試みてください。特に、実験その1(水道水の反転)、実験その1の1(水道水の反転、遠隔操作)、実験その2(身体に装着する品物の反転)については、学びに触れ、学びの基本をしっかり押さえている人であれば、いつでも、どこでもできます。
その他、磁場と反転のエネルギーを発信する機会を、ご自分の日常生活の中でどんどん見つけて試してみてください。
例えば、自動車、自転車のハンドルに反転としてみてはどうでしょうか。私は、運転免許証を取得していませんので、もっぱら自転車ですが、反転と思ってから乗るようにしています。具体的にどうということは分かりませんが、そうしてから乗るということが、自転車に思いを向けて乗るということだから、それが良いことなんだと思っています。どのように良いかというと、きっと、反転と思いを向けることにより、自転車のハンドルもサドルもペダルも、私の身体に沿うような状態になっているんだと思っています。

ところで、物体の不具合が、磁場と反転で全部解消するということはないかもしれません。しかし、物体も波動です。それを使う人の心に語っています。
例えば、パソコンの動作が不安定な場合を考えてみましょう。
その場合、不安定である原因を突き止めて、その部分を交換するとかそういう手当は必要ですが、その前に、自分のパソコンに思いを向けることを怠っていませんかということを、磁場と反転と思いを向けることで、再認識してください。
最近、私はそのことを体験させていただきました。
パソコンに限らず何でもそうです。不具合を解消することを目的とするのではなくて、思いを向けることが大切なんだ、パソコンならパソコンの思いに沿って使っていくことが大切なんだと思いました。
このように、日々の生活の中で、磁場と反転の実践をしていけば、色々なことに気付けるチャンスがあると思います。
もちろん、磁場と反転の実践は、第五章の部分を集中的にしていかなければなりません。つまり、自分の中を反転させていくことが最も重要なことです。それをしっかりと実践してください。
そして、一方ではお水を反転、何々を反転として、楽しみながら、磁場と反転の威力を感じながら、日々反転力を高めていきましょう。
さて、次の実践は、少し趣を変えて、あなたの肉体細胞に、磁場と反転のエネルギーを発信するということについてです。


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2017年12月16日

第170回「ともに瞑想を」―磁場と反転 その人 田池留吉 part3-



もう少し、「心」、「心の世界」について、有限の世界と無限の世界から説明を加えます。有限の世界の中というのは、簡単に言えば、私達の日常生活の中ということですから、そこには、目に見えて耳に聞こえて触れることができる空間があります。そのような中で私達は日々の暮らしを送っています。そして、その中で、私達は色々な思いを出しています。色々な場面で、そしてまた、出会う人達に色々と心を使っているんです。
そもそも「心」という言葉は、私達が、割と日常的に使う言葉でしょう。例えば、心を癒すとか、心を大切にとか、心が大事だとか、心が疲れる、心が折れる、心が痛む、心を病む等々、このように「心」という言葉は、決して非日常的な言葉ではありません。
それでは、そういった「心」や「心の世界」は、実は小さな世界の「心」、「心の世界」であり、狭い意味での「心」、「心の世界」だと感じている人は、一体どれくらいいるでしょうか。
また、私達は、心が広いという意味で、度量が大きいとか懐が深いという表現をしますが、この場合の心が広いというのも、肉が基盤、つまり、有限の世界が基盤であれば、小さな世界、狭い世界の「心」、「心の世界」だと思ってください。無限の世界を基盤とした「心」、「心の世界」からすれば、それは、小さな、狭い「心」、「心の世界」なんです。
以上の説明で、「心」、「心の世界」にも、有限の世界のものと無限の世界のものとがあるということが、ご理解いただけましたでしょうか。
「心」、「心の世界」というのは、決して一律的にとらえることができないと分かっていただければ幸いです。

そこで話を戻しますが、磁場と反転にも有限の世界のものと、無限の世界のものとがあると書きました。どちらも目に見えないエネルギーの世界です。
しかし、今の「心」、「心の世界」の説明と同じで、両者は違います。それは、これから先を読み進めていく中で、あなた自身が感じていってください。
ただし、繰り返しになりますが、私達は生まれてからずっと、五官を通して入ってくる情報に基づいて、あるいは、それを分析して頭で理解することを習慣としてきました。心で感じる、心で分かるということよりも、頭で分かる、頭で納得するということが日常化しています。だから、形で示されれば、やはり、分かりやすいです。その一例に数値で示すということがあります。私達の日常生活の中において、数値等が判断材料となり、判断の基準となっている場合が多々あります。
従って、有限の世界を基盤とした磁場と反転のエネルギー、そして、無限の世界を基盤とした磁場と反転のエネルギー、両者のエネルギーを数値で示すことができれば一目瞭然なんですが、それは全く不可能なお話です。心で感じてください、心で分かってくださいとしか言いようがないんです。しかしながら、頭で分かる、頭で納得するということが日常化している私達は、目に見えない世界についても、当然のことながら、頭を優先させてしまいがちです。
目に見えない世界。それは意識とか波動とか、エネルギーとか気とかという言葉で言われている世界ですが、私達は、その目に見えない世界にも、自分達の頭脳というか知識というか、そういうもので対処しようとする傾向があります。
しかし、目に見えない世界を頭で解き明かすことは絶対にできないことを、予め言っておきます。
そして、頭では絶対に解き明かすことができない目に見えない世界ですが、それは私達の心で感じ分かっていける世界なんです。
だから、頭で理解できないものは信じられないとすぐに排除せずに、自分の心で感じていく方向に進んでいってくださることを切に希望します。
私達は無限の世界にある「心」を感じられるのだから、どうぞ、その「心の世界」をどんどん感じていただきたいと思っています。
そして、有限の世界から無限の世界へ発想を転回していくこと、基盤を変えていくこと、このことをやり遂げていきましょう。
そうしていくことが、自分達の本当の喜びと幸せに繋がっていくことを感じ、信じられる自分達に復活していこうではありませんか。

それでは、次章より、磁場と反転のエネルギーを心で感じていく実験をしていきましょう。
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第169回「ともに瞑想を」―磁場と反転 その人 田池留吉 part3-



そして、無限の中にある自分というものに思いを馳せるきっかけになるように、これから磁場と反転の実験をいっしょにしていきましょう。その中でも、特に水道水を使った磁場と反転の実験を徹底的にされることをお勧めします。

次章の実験には、特別な道具や装置は必要ありません。
しかし、私達が磁場、そして、反転と思いを発信したときに状態が変化します。
その状態の変化は、Oリングパワーテストなどで確かめます。
つまり、最初は状態の変化を、例えば、水道水であるならば、鼻で確かめたり、舌で味わったりして、磁場、そして、反転と思いを発信する前と、発信した後との違いを確認します。そして、最後にどのくらい力が違うのかを確かめるのがOリングパワーテストというわけです。
ただの水道水がこうも変わるのかという驚きと不思議の実験です。
「百聞は一見に如かず」です。実際に自分で試して、まず、驚きと不思議を体験してみてください。
特別な道具や装置は一切要らず、ただ思いを発信するだけで状態が変化する体験に素直に驚いてください。
そして、ただ驚くばかり、不思議だと思うばかりに留まらずに、なぜ状態が変化するのかを考えてみてください。
そして、考えても答えが出ない、出せないと分かったら、頭で考えることはやめましょう。
自分の心で感じ分かっていくしかないとさっと諦めて、さらにその先を知るというか、体験されることをお勧めします。
ただし、その先を知る体験は、上記のようなOリングパワーテスト等で確かめることはできません。Oリングパワーテスト等で確かめられるのは、あくまでも形の世界のことです。それから先は、それぞれの心で確かめていかなければなりません。
大事なのは、自分の基盤を有限の世界から無限の世界へ転回するということですから、まず、磁場が発するエネルギー、反転が発するエネルギーを五官で確かめることから始めて、そして、さらにその先を行くことにしましょう。
ところで、その先のことは、今も申し上げたように、それぞれの心で確かめる以外にないんです。だから、そのためには、今までのように五官だけを重視するのではなくて、自分の「心」にもっと着目していく必要があるんです。
そこで、この「心」というものも、先の「コペルニクス的転回」と同様に、大切なキーワードになってくると思います。
というのも、目や耳などの五官というものには、全部形があります。形があるということは、それらは有限の世界の中にあるものだということは簡単に理解できます。無限の世界は、形がない世界です。形で示すことができない世界です。だから、そこに形があるということは、それらは有限の世界の産物だということになります。
しかし、「心」は例外です。「心」には形はありません。心の世界は目に見えない世界です。しかし、目に見えない心の世界も形で示すことができる場合があります。ここが目や耳といった五官とは違って、心の世界の厄介なところです。
例えば、思いやりとか優しさを形で示す場合、そっと手を差し出すとか、そういう動作でその人の思いを伝えることができるでしょう。「心」には形がないけれど、その人の思いは、言葉とか態度という形で確かに示すことができます。
このように、「心」、「心の世界」は、言葉とか態度という形で示すことができる場合がありますが、それは、有限の世界の中の「心」、「心の世界」だとご理解ください。そして、それは、無限の世界を基盤とした「心」、「心の世界」とは違うことをご理解ください。
つまり、「心」、「心の世界」にも、有限の世界のものと無限の世界のものとがあると言えるんです。
有限の世界、無限の世界の違いは、すでに書かせていただいた通りです。従って、その人が目に見えるこの肉体が自分だという思いを基盤にしているか(肉を基盤)、それとも、自分は目に見えないエネルギーなんだという思いを基盤にしているか(意識を基盤)、それによって、両者の「心」、「心の世界」には大きな隔たりがあります。大きな隔たりとは、感じている世界の大きさ、広さ、温もり、優しさそういうものに雲泥の差があるということなんです。
posted by UTAブック at 16:03| 大阪 ☁| Comment(0) | 意識の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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