2018年06月26日

第202回「ともに瞑想を」



こんばんは。塩川香世です。来週は橿原ですね、橿原セミナーがあります。楽しみにしています。
それでは3分ほど、ともに瞑想をしてみたいと思います。その前にちょっと読ませてください。

ともに歩みを。ともに学びを。真実の波動の世界に生きていた自分を蘇らせていく方向に自分のエネルギーを注いでください。
自分はなぜ生まれてきたのか。何をするために生まれてきたのか。これは本当に非常に、非常に、大切な大切な問い掛けです。頭での解答でなくて、ぜひ心で答えてください。
そうだと真っ直ぐに言い切れるあなたですか。なぜ生まれてきたのか。どんな思いで生まれてきたのか。特に今世は……ということです。
今世は違うんです。過去生まれてきたことと、今世生まれてきたこととは完全に違います。その思いをどの程度あなたの中で感じておられるか、それによって次の転生に繋いでいこうとする思いに違いが出てきます。
繋ぐんです。今世、あなたのその肉体を通して学んだことを、しっかりと次の転生に繋いでください。そして、最終目的へともに歩んでまいりましょう。

それでは軽く目を閉じてください。丹田呼吸をしてください。
あなたの心に今問いかけてみてください。自分はなぜ生まれてきたのか。何をするために生まれてきたのか。
ありがとうございました。


posted by UTAブック at 22:23| 大阪 ☔| Comment(0) | 意識の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

第201回「ともに瞑想を」



おはようございます。塩川香世です。今日は6月17日、日曜日です。志摩に来ています。今は午前9時14分、これから10時半からUTA志摩ホールで、学びの友と2時間、ともに瞑想して学んでいく予定にしています。
ちょっと文章を打ちましたので、読ませてください。そしてそのあと、ともに瞑想をしていきたいと思います。

1259)肉は厄介です。肉は複雑です。意識の世界はシンプルです。厳しいけれど絶対に裏切らないです。肉の優しさは状況が変われば、簡単に裏切っていきます。意識の世界の厳しさに裏打ちされた優しさこそが本当の優しさでした。肉基盤ではそういうことが絶対に分かりません。
今世をあなたの転換期にしてくださいというメッセージを、あなたはどの程度自分の中で咀嚼できているか定かではありませんが、今一度真剣に真摯にこのメッセージの重みを受け取っていただければと思います。
ワン、ツー、スリーの瞑想で色々とそれぞれに心で試してみてください。
ただ自分のエネルギーを肉体を通して感じていく、それで精一杯と言うのではなくて、そこから、そこからです。そこから次の一歩をどう踏み出していくのか、あなたの中は、苦しいエネルギーは、みんなそれを待っています。舵の切り方を誤らないでください。正しい舵の切り方をその肉を持って教わってきた私達です。

ということで、ワン、ツー、スリーの瞑想、それぞれやっておられると思います。色々試してください。正しい瞑想が少しでも、正しい瞑想ができていくように、瞑想の喜び、楽しみをあなたの心で感じていくようになっていきましょう。

それでは軽く目を閉じてください。今日も読ませていただきましたメッセージをもう一度読みます。それに向けて思いを、あなたの中で聞いてみてください。
今世をあなたの転換期にしてください。あなたはどのようにお答えしていますか。どうぞ思いを向けてみてください。
ありがとうございました。
posted by UTAブック at 10:18| 大阪 ☔| Comment(0) | 意識の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

第200回「ともに瞑想を」



こんばんは。塩川香世です。それでは、またともに瞑想をしていきたいと思います。その前にちょっとまた聞いてください。今日のは少々長いんですけど、聞いてください。

1250)学んで年月の長い人で、30年を超えている人もたくさんおられます。私が学び始めた頃、1993年頃は、チャネリングというのが全盛期の頃でした。2000年頃までにチャネリング講習会というのもあって、当時は特にイエスや仏陀の時代に思いを向けてという、いわゆる自分の過去世を通して学んでいくという試みもありました。
それは、過去世を語ることが主流ではなく、あくまで学びの基本、心を見る、母の温もりを心に蘇らせ、自己供養をするためのひとつの学びの手立てに過ぎませんでしたが、チャネリングだとかチャネラーにとらわれていく人が多かったという弊害も否定できませんでした。
学びの道の回り道、寄り道ならまだしも、学びの道を外れていく危険性を含みながらだったということでしょう。その他にも学びの初めの頃は色々とあって、本当に田池先生は大変だったと思います。ですが、田池留吉の意識の世界が、学びを中途半端な状態でその肉を置いていくことはあり得ないことでした。きちんと学びの基盤を整えて、そして250年後の最終時期に託すという目途が立ち、自身の今世の仕事を終えたから、一旦肉を消したということです。
ということで、すでに学びの基盤は確立していますので、あとはそれぞれがどれだけ真摯に学びと向き合っていくか、つまり自分と向き合っていくかという課題だけが残されています。

250年後、昔昔、日本という国で、ともに学んだことを思い出すということで、これは250年後からすれば過去世です。しかし、この過去世を思い出すということは、一連の過去世から学ぶということとは訳が違います。非常に大切かつ有効です。日本という国を思い出す、つまりは田池留吉を思い出すということで、喜びが爆発するんです。そして、そのまますごいスピードで次元移行へ向かって突き進む、そういうシナリオになっています。

と、いうことで、250年後、250年前、昔々という過去の時代のことですね、今の日本という国でともに学んだということを、まずはあなたも思い出せるかどうか、まあ思い出せると、自分に言ってください。そして、日本という国を思い出す。つまりは田池留吉、アルバート、目の前のアルバートから田池留吉を思い出す。こんな喜び喜びの瞬間があるんですね。そういうところから、肉がまず喜び、そして中がその肉もそうです、意識がもう喜び、中が爆発していくんですね。そのまま、あとはありませんので、すごいスピードで、次元移行に向かって突き進んでいくというシナリオ、皆さんどうでしょうか、あなたもこんなシナリオを書いていますでしょうか。私は書いています。だから250年後に思いを向けたとき、とてもとても喜びです、嬉しいです。今の肉、今の肉を大切に250年後の肉とともに喜びを爆発させる意識の世界の仕組み、そんなことを私は色々色々瞑想をしながら感じています。

それでは、どうぞそのまま目を閉じてください。250年後に行き着くまで何度かの転生があるかもしれません。あるでしょう。ですが、その転生を経て、必ず必ず250年後の出会いを果たしていただきたい、そしてともに学んだ日本の国を思い出しましょうという瞑想を、どうぞ、あなたの心の中でやってみてください。
ありがとうございました。
posted by UTAブック at 21:58| 大阪 ☁| Comment(0) | 意識の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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