2018年06月12日

第200回「ともに瞑想を」



こんばんは。塩川香世です。それでは、またともに瞑想をしていきたいと思います。その前にちょっとまた聞いてください。今日のは少々長いんですけど、聞いてください。

1250)学んで年月の長い人で、30年を超えている人もたくさんおられます。私が学び始めた頃、1993年頃は、チャネリングというのが全盛期の頃でした。2000年頃までにチャネリング講習会というのもあって、当時は特にイエスや仏陀の時代に思いを向けてという、いわゆる自分の過去世を通して学んでいくという試みもありました。
それは、過去世を語ることが主流ではなく、あくまで学びの基本、心を見る、母の温もりを心に蘇らせ、自己供養をするためのひとつの学びの手立てに過ぎませんでしたが、チャネリングだとかチャネラーにとらわれていく人が多かったという弊害も否定できませんでした。
学びの道の回り道、寄り道ならまだしも、学びの道を外れていく危険性を含みながらだったということでしょう。その他にも学びの初めの頃は色々とあって、本当に田池先生は大変だったと思います。ですが、田池留吉の意識の世界が、学びを中途半端な状態でその肉を置いていくことはあり得ないことでした。きちんと学びの基盤を整えて、そして250年後の最終時期に託すという目途が立ち、自身の今世の仕事を終えたから、一旦肉を消したということです。
ということで、すでに学びの基盤は確立していますので、あとはそれぞれがどれだけ真摯に学びと向き合っていくか、つまり自分と向き合っていくかという課題だけが残されています。

250年後、昔昔、日本という国で、ともに学んだことを思い出すということで、これは250年後からすれば過去世です。しかし、この過去世を思い出すということは、一連の過去世から学ぶということとは訳が違います。非常に大切かつ有効です。日本という国を思い出す、つまりは田池留吉を思い出すということで、喜びが爆発するんです。そして、そのまますごいスピードで次元移行へ向かって突き進む、そういうシナリオになっています。

と、いうことで、250年後、250年前、昔々という過去の時代のことですね、今の日本という国でともに学んだということを、まずはあなたも思い出せるかどうか、まあ思い出せると、自分に言ってください。そして、日本という国を思い出す。つまりは田池留吉、アルバート、目の前のアルバートから田池留吉を思い出す。こんな喜び喜びの瞬間があるんですね。そういうところから、肉がまず喜び、そして中がその肉もそうです、意識がもう喜び、中が爆発していくんですね。そのまま、あとはありませんので、すごいスピードで、次元移行に向かって突き進んでいくというシナリオ、皆さんどうでしょうか、あなたもこんなシナリオを書いていますでしょうか。私は書いています。だから250年後に思いを向けたとき、とてもとても喜びです、嬉しいです。今の肉、今の肉を大切に250年後の肉とともに喜びを爆発させる意識の世界の仕組み、そんなことを私は色々色々瞑想をしながら感じています。

それでは、どうぞそのまま目を閉じてください。250年後に行き着くまで何度かの転生があるかもしれません。あるでしょう。ですが、その転生を経て、必ず必ず250年後の出会いを果たしていただきたい、そしてともに学んだ日本の国を思い出しましょうという瞑想を、どうぞ、あなたの心の中でやってみてください。
ありがとうございました。


posted by UTAブック at 21:58| 大阪 ☁| Comment(0) | 意識の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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